『証を付ける日』Sideセロ



 恋人であるリクが帰って来るまでに大学から帰宅していることが、セロの役目。

 リクが帰宅する迄、セロは家事をするでも無く大学の課題をするか、リビングでテレビを観たり読書をしたりして過ごす。

 怪我をすることを恐れ、リクはセロに料理をさせない。

 料理に怪我は付き物で、それをいちいち怖がっていては料理など出来ないとセロは思う。仮にも自分は成人女性で、困らない程度には料理は出来る。

 しかし……


「セロはもう料理禁止。勿論ピーラーも危ないからダメ。ボク以外がセロを傷付けるのは許せないからネ」


 林檎の皮を剥いていた時に誤って指を怪我してしまった時のリクの言葉。


(怪我って言っても、皮膚が少し切れただけで出血もしていなかったのに……)


 料理禁止令が出されて以来、セロは料理をしていない。

 仕事を終え、夜遅くに帰宅して夕食を作るリク。その姿を見る度に、セロの胸は軋む。

 リクが疲れて帰って来る迄に、「自分には料理を作る時間があるのに……」、と。


 この胸の痛みを、リクは知らない―――



「見て、セロ」


 帰宅したリクと夕食を終え、ソファに座ってニュースを見ていたセロに洗い物を終えたリクが小さな箱を差し出した。
 正方形の小さな箱の中には、ピンク色の石の埋め込まれたピアスが入っていた。


「ピアス?  綺麗ね。付けて欲しいの?」


 リクの右耳にはピアスホールがニつがある。仕事中はピアスを外しているが、仕事が終われば緑色の石が埋め込まれたピアスを入れている。
 ピアスを付けることで、オンとオフとを切り換えているのだと以前聞いたことがある。

 新しく買ったピアスを入れて欲しいのかと問えば、リクはニッコリと笑って頷いた。


「ウン。綺麗でショ? セロに似合うと思って買って来たンダ」

「私に? でも、私穴開いて無いよ?」


 セロにはピアスホールが開いていない。元々アクセサリーには興味が薄く、持っているアクセサリーの殆んどはリクからの贈り物だ。


「ウン。ちゃんとピアッサーも買ってきたから大丈夫ダヨ」


 リクはピアスの入っていた紙袋をゴソゴソと漁り、針が付いた小さな物体と消毒液を取り出した。
 それに焦ったのはセロだ。どうやらリクの中ではセロがピアスホールを開けることが既に決定している。


「待ってリク、やだ。私、ピアスなんて開けないから!」


 セロは痛いことが大嫌いだ。料理の怪我は大丈夫だが、昔から点滴や注射では必ず泣いてしまう。それに、耳朶と言えど身体に穴が開くなんて絶対に嫌だ。
 ホールを開ける場面を想像しただけで、恐怖でカタカタと身体が震える。

 怯えるセロの頭をリクは宥める様に優しく撫でた。その優しい仕草に、セロは諦めてくれたのかと潤んだ瞳でリクの顔を見上げた。
 しかし、リクの口から告げられた言葉はセロの望む言葉とは真逆のもの。


「ダイジョウブ。今は性能が良くなって余り痛くないから、ネ?」


 右手には消毒液を染み込ませたカット綿。左手には、ピアスのセットされたピアッサー。
 背後にはソファの背もたれ、前方にはリク。


 ―――逃げられない。


 耳の側でカチリと音がした。瞬間、耳朶がカッと熱くなる。ジンジンと鈍い痛みに、ギュッと目をつむったセロの目尻から一筋の涙が溢れた。
 左耳も同じ痛みが襲う。


「ウン。やっぱり似合うネ。セロ」


 満足気な、リクの言葉。
 頑張ったね、と溢れた涙を唇で吸う姿はとても優しい。


「ねぇセロ。勝手に外しちゃ駄目ダヨ? これはセロがボクのモノだって証だカラ……」


(……証)


「……うん、分かった」


 ―――ねぇ、リク。
 
 この証が無くなれば、私はリクのモノじゃ無くなるのかな?

 でもね?

 ピアスホールを開ける前から、私はずっとリクだけのモノなんだよ―――?



*END*



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