『Merry X'mas』



 空が灰色く覆われ、街がイルミネーションで彩られる十二月。
 クリスマスを迎えた倉橋家別館では屋敷の照明が全て落とされ、食堂のテーブルに置かれた蝋燭の光りだけが室内を暖かく照らしていた。


「静かですね……」


 食堂でディナーを食べながら、奏は窓の外に視線を向けた。
 

「あぁ、他の使用人達は居ないからな」

「クリスマス休暇で住み込みの人達も出払っていますからねぇ。今頃家族やら恋人やらと楽しく過ごしているんでしょうかね。それに比べて、何で私は折角のクリスマスに珀明様と親父と一緒にディナーなんですかね。あ、勿論奏様とは光栄ですよ」


 奏の隣に座るレイヴンは溜息を一つ吐き、奏に微笑んだ。


「ならお前は帰りなさい」


 レイヴンの正面に座る葉月は冷ややかに息子に告げた。
 倉橋家では、使用人に毎年クリスマス休暇とプレゼントが与えられる。

 プレゼントは上限は十万円まで。

 使用人の休憩室に置かれた箱に十二月に入るまでに欲しい物を紙に書いて入れておくと、二十四日に書いた品物が贈られるのだ。
 そして、二十五日は全員に休みが与えられ、翌日から交代で冬休みを取る。

 その為、現在屋敷には珀明と奏、執事である葉月とその息子のレイヴンの四人しか居ない。


「それにしても、こうしてクリスマスをゆっくりと過ごすのも数年ぶりですねぇ」


 食事を終えたレイヴンが、思い出したように呟いた。


「え……? 毎年三人でクリスマスを過ごしていたのではないのですか?」


 疑問を口にした奏に、レイヴンはあからさまに顔をしかめた。


「まさか。そんな寒いことしませんよ、奏様」

「そうなんですか」


 葉月親子と珀明は、主従関係を超えてお互いに信頼し合っているように見える。
 当然クリスマスも毎年一緒に過ごしていると思っていた。


「……仕事だ」


 黙ってやり取りを見ていた珀明が口を開いた。


「仕事、ですか? クリスマスの夜も……」

「クリスマスは関係のない者にとってはいつもと同じ日常でしかないからな」

「クリスマスを祝うのも、十数年振りですね。お盆も年末も正月も、一族行事以外は仕事でしたし。私は休みを取ってましたけど、珀明様は奏様とご結婚なされるまで土日も仕事なさってましたしね」


(私と……、結婚するまで? ―――あっ! そう言えば……)


 奏が屋敷に来てから、珀明が土日に会社へ行く姿を見たことがない。
 奏の父親が土日は休みだったこともあり、珀明が土日に屋敷に居ても何ら不思議に思ったことはなかった。
 しかし、会社の経営者ともなれば土日にも関係なく仕事をしなければならないこともあった筈だ。

 それなのに珀明は、毎日遅くとも九時には必ず屋敷に帰って来ていた。
 今日もクリスマスには興味がないと言っていたのに、会社から定時で帰って来てくれた。


(つまりそれは、私が居るから―――?)
(クリスマスには屋敷に人が居なくなるから、私が寂しくないようにと、仕事を早く切り上げて葉月さんとレイヴンを呼んで下さったのですか?)


「皆さん、有難うございます」


(本当に……、珀明さん達は私に善くしてくれる……)


 与えられているばかりの自分が申し訳なく思う程に―――



***



 あの後、デザートにクリスマスケーキを食べ終え、奏達は珀明の部屋へ戻った。
 
 部屋へ戻ると、珀明が奏に小さな箱を差し出して来た。


「これを……」


 掌の中にすっぽりと収まる、リボンの付いた綺麗な箱。


「何ですか?」


 受け取った箱を奏は眺めた。


「見れば分かるだろう。クリスマスプレゼントだ」

(クリスマスプレゼント? 珀明さんが?)


 先程の夕食時にクリスマスには興味がないと言っていたから、まさか珀明からクリスマスプレゼントが貰えるとは思っていなかった。


「有難うございます。……開けてもいいですか?」

「あぁ、構わない」


 珀明の言葉に、奏はリボンを解き、箱を開けた。


「ブレスレット……」


 箱の中には、薔薇とパール、ガーネットのついたブレスレットが収まっていた。


(綺麗……)


「ごめんなさい。私、プレゼントを何も用意してなくて……」


 こんなことなら、葉月に頼んでクリスマスプレゼントを用意して貰っておけばよかった。


(でもそれは、珀明さんのお金なんですよね……)


 外出する時は必ず珀明と一緒に出かける為、自分の財布を開くことはない。
 珀明は奏に現金を持たせたがらない為に、いつも財布の中には一万円程度しか入っていない。
 奏専用のカードも作られたが、まだ一度も使用したことがない。
 そもそも、珀明の稼いだお金で本人にプレゼントを買うのはどうかとも思う。


「気にする必要はない。私が勝手にしたことだ。お前は受け取るだけでいい」


(珀明さん……)


「それに……」


 言葉と共に、珀明に腰を引き寄せられる。


「あっ!」

「その分、見返りにお前の身体を楽しませて貰うからな」


 抱き寄せられ、耳元で囁かれる。


(楽しませて貰うって……)


「んぅ……」


 にやりと笑った珀明に、口付けられる。
 ほんのりと香る、ワインの匂い。

 珀明の手が、背中のファスナーに回される。


「あっ……!」


 プチッと小さな音を立ててホックが外され、ファスナーを下ろされた。


「ここじゃ、嫌です……」


 ベッド以外の場所で脱ぐのが嫌で、奏は珀明に弱々しく懇願した。

 すると―――


「きゃっ……!」


 珀明は奏の身体を横抱きにして抱き上げ、ベッドへと運んだ。
 柔らかなベッドに下ろされると、首筋に珀明の唇が押し当てられる。


「まだ……、昨夜の痕が残っているな」


 クスリと、珀明が笑う。
 首筋に薄く残る鬱血の痕。
 抱かれる度に所有印のように付けられる痕は、消えることがない。

 消える前に、新たな印を刻まれる……


 そして今夜も……


「あっんんっ……」


 首筋にチクリと小さな痛みが走る。
 新たに刻まれた赤い花びら。


 甘い快楽の波に呑まれていく……


 奏は珀明の背中に腕を伸ばし、その身を任せた―――



***



 行為の後、背中から珀明に抱き締められる。
 ベッドに並んで横たわり、背中から包み込まれるこの体制が、奏は好きだった。
 
 背中から腹部に回された珀明の腕は温かく、いつも口数の少ない珀明の気持ちが伝わってくるような気がしたからだ。


「雪、降らないですね……」


 奏は、窓に視線を走らせた。
 音もなく静まりかえるこんな夜には、きっと雪がよく似合う。

 花びらのように舞い降りてくる雪が……

 しかし、朝から厚い雲に覆われた空からは、雪が舞い降りてくることはなかった。


「無理だな。この辺りでは、ここ二十年近く雪は降っていない」

「二十年も、ですか?」


(私の実家から一時間程の場所なのに……)


「地形や気候の関係だろう」


 さして興味もなさそうに、珀明が言う。


「雪、見たくないですか? 冬の風物詩ですし」


 一年で今の時期だけ見える雪。

 雪は、雪の結晶が集まったもの。
 目には見えない小さな結晶だけれど……
 その神秘的な事実に、幼い頃の奏は雪を見る度に胸を踊らせた。


「そうだな。だが、さっきも言ったようにここでは滅多に雪は降らない。そんなに見たいのなら、来年海外にでも連れて行ってやろう」

「海外なんていいんです。無理をなさらないで下さい。それに……『今夜、雪は降ります』」


 力を込めて、言葉を紡ぐ。

 “奏”が力を込めて発する言葉は言霊となり、言霊は現実のものとなる。


「瑪瑙、お前……!」


 珀明が驚き、声を上げる。
 “奏”の力を使うことを、珀明は嫌っていた。


(それでも……)


「私は聖夜である今夜、珀明さんと雪が見たいんです。……ほら」


 窓の外では、白い雪が舞い始めていた。


「まったく……。それにしても、雪はお前みたいだな……」


 窓に視線を向けたまま、珀明が囁く。


「私が、ですか?」

「どんなに汚しても、決して穢れない。穢れても……、また新たな雪で覆い隠す」


 珀明がどんなに汚しても、奏は白いままだ。
 幾度となくその身体を奪っても、その心は決して穢れない。
 

「ふふ。私、穢されていませんよ」

「瑪瑙……」

「今なら、珀明さんの気持ちが分かるような気がします。でも、もうしないで下さいね?」


 無理矢理身体を奪われた時の恐怖は、まだ消えない。
 それでも、穢されたとは思っていない。


「あぁ、約束しよう。二度としない。愛している、瑪瑙……」


 珀明が、背中から奏へと回した腕に力を込めた。


「私も、愛しています……」


 奏は背中に珀明の温もりを感じなら、瞳を閉じた―――



 Merry X'mas……?



*『Merry X'mas』END*

 みく♪様に捧げます。
 キリリク有難うございました。



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