『節分』
今日は節分。
節分は立春の前日。
節分には「季節を分ける」と言う意味があり、豆まきは平安時代の悪霊払いに由来する伝統行事である。
倉橋家では、日本の伝統行事は別館である洋館ではなく、日本庭園を有する本館で行われる。
―――夜
着物を着た奏と珀明は、居間の縁側に座り、日本茶と共に豆を食べていた。
炒ってある豆は、口に含み噛むとカリコリと音がし、香ばしい大豆の味が口に広がる。
幼い頃は、食べられる豆の量が少なくて「もっと食べたい」と思っていた。
今年は十六粒。
「そう言えば、さっき葉月さんが豆は歳の数より一粒多く食べるよう仰ってましたが、どうしてですか?」
奏は隣に座る、濃藍(コイアイ)色の着物を着た珀明に顔を向けた。
「豆を歳の数食べること、その年は無病息災でいられると云われているのは知っているだろう? 歳の数より一粒多く食べれば、その年健康に過ごせると言われている」
(無病息災と健康……)
「じゃぁ、珀明さんもきちんと食べないといけませんね」
奏は珀明の手に視線を移した。
「…………」
奏が豆を食べ終っても、珀明の掌の豆の数は減っていない。
二十八粒中、食べたのは五粒にも満たないだろう。
キドニーパイもそうだが、珀明の苦手なものは分かり辛い。
嫌いなら嫌いと言えばいいだけのことだが、他人に好き嫌いを知られることを珀明は嫌う。
(珀明さんって、変な所で頑固なんですよね……)
「失礼致します。お茶のお代わりをお持ち致しまし……おや?」
居間の戸がノックされ、お茶と和菓子をお盆に乗せたレイヴンが入って来た。
夕食を一緒に摂ったので、服装はいつものスーツ姿だ。
レイヴンは縁側の床にお盆を置く際、珀明の手の平にある豆の存在に気が付いた。
「珍しいですね。珀明様が大豆を召し上がっているなんて。いつもは落花生でしょう?」
「……レイヴン」
不思議そうなレイヴンに対して、珀明は忌ま忌ましいげにレイヴンの顔を睨んだ。
「落花生?」
(落花生って、ピーナッツのことですよね?)
「ええ。珀明様は毎年節分には落花生を召し上がるんですよ。大豆がおきら……、あぁ成る程、そう言うことですか」
珀明が落花生ではなく大豆を食べる理由が思い当たったのか、今度は含み笑いで珀明を見る。
「そう言うことって、何がですか?」
「瑪瑙、相手にするな」
「まぁまぁ。相変わらずですね。でも、珀明様もこれから先、節分の度に大豆を食べることになるんですよ? いいんですか?」
レイヴンの問いに、珀明は僅かに眉を寄せただけで、返事をしなかった。
レイヴンは否定と判断し、奏に微笑んだ。
「奏様は落花生……、ピーナッツがお嫌いなんですよね?」
「はい」
お菓子に混じっていたり、砕いたものなら平気だが、そのままのものは噛んでいると頭痛がしてくるので嫌いだった。
(どうしてそんなことを聞くのかしら? ……あ!)
ピーナッツを好む珀明と、嫌いな奏。
大豆を好む奏と、大豆が嫌いな珀明。
「私に、合わせて下さってたんですね」
「奏様は本当に聡い方ですね」
レイヴンは奏の答えに満足げに頷いた。
奏は珀明の顔を見上げた。
相変わらず、眉間には皺が刻まれている。
(別々のものを食べても、私は気にしないのに……)
嫌いなものを無理に食べて貰う方が、奏にはずっと辛い。
しかし、珀明もそう思ったから奏に合わせてくれたのだろう。
「珀明さん。来年からは、大豆と落花生の両方を用意して頂きましょう? 落花生を撒くのも楽しそうですね」
そう提案すれば、珀明は今度は困ったように僅かに眉を動かした。
「本当に、お前には負ける」
月日を重ねる度、相手の見えなかった部分が見えてくる。
それは決して嫌なものではなく、自分を気遣ってくれる相手からの優しさ。
珀明さん……、私の為に変わってくれる貴方に、私は何をお返し出来ますか?
大切な、貴方の為に―――
*『節分』END*
カナ様に捧げます。
キリリク有難うございました。
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