『約束の場所』
その日、珀明と奏、レイヴンと凌の四人は映画館に来ていた。
四人が観に来たのは、海外のベストセラー小説が原作の恋愛映画『約束の丘』だ。
「お客さんから貰ったんだけど、行く時間ないからやるよ」と、映画のチケットを沙羅から珀明が譲り受けたのだ。
「瑪瑙さん、最後の若い頃のデート回想シーン泣けましたね。『天に召される時は一緒よ』って」
「えぇ。素敵な映画でした。恋って色んな形があるんですね。お互いに他の人と家庭を持っていながら、心の片隅では初恋の人を忘れられずにいるなんて……」
心の片隅で初恋の人・ラクロを忘れられないまま、アルディアは会社の上司・シリウスと結婚する。
シリウスのことは愛しているし、彼との間に授かった子ども達も愛しい。
五十五年連れ添ったシリウスは天に召され、それから二年後、無情にもアルディアに余命が宣告される。
足音も無く忍び寄る死を前に、アルディアの脳裏に浮かんだのは、シリウスの顔では無く初恋の相手・ラクロの笑顔だった。
アルディアは死ぬ前にもう一度、ラクロの笑顔が見たいと思い、彼に会いに行くことを決意をする。
時を同じくして、ラクロも自分の寿命が残り少ないことを自覚していた。
持病は年齢を重ねる毎に悪化の一途を辿り、いつ迎えが来るかも分からない日々を送っていた。
アルディアと別れる原因となった妻は、持病ゆえにラクロに子が成せないと分かった途端、結婚二年目を待たずに新たに男を作りラクロに別れを告げた。
野心家の彼女が求めていたのは、ラクロの美貌と頭脳を受け継ぐ子どもと家柄だけだったのだ。
毎晩ラクロの見る夢に出て来るのは、初恋の相手・アルディアの泣き顔。
慰めようとアルディアに手を伸ばすと、たちまち指先から花びらに変わり、風に乗って散って行く。
ある朝、いつものように目覚めたラクロは、死ぬ前にもう一度だけアルディアの笑顔が見たいと強く思った。
二人は導かれるように、思い出の丘で再会を果たす。
アルディアがラクロに想いを打ち明けた場所。
初めて二人でデートをした場所。
ラクロがアルディアに初めてキスをした場所。
初めて喧嘩した場所。
初めて仲直りした場所。
そして、燃えるような夕日を背に、二人が別れを迎えた場所―――
全てが始まり、全てが終わったその丘で、二人は再び手を繋ぎ合った。
夕日を背に、二人は誓う。“天に召されるその日まで、今度こそ二人で――”
アルディアはラクロの為に料理に腕をふるい、ラクロは体調の良い日にアルディアをデートへと誘った。
気付けば、再会してニ年の月日が流れていた。
クリスマスの日、朝からアルディアとラクロは部屋の飾り付けや料理の準備に追われていた。
アルディアの子どもと孫、ひ孫達と聖夜を共にする為だ。
夕方になってようやく準備が終わり、少し身体を休める為に二人は暖炉の側に置かれたソファーに並んで座った。
夜になり、プレゼントを抱えて子ども達がラクロの屋敷へとやって来た。
リビングの窓辺には大きなクリスマスツリーと子ども達へのプレゼントの山。
ダイニングテーブルの上にはアルディア自慢の料理が所狭しと並べられている。
暖炉の側に置かれたソファーに、寄り添うようにして座るアルディアとラクロを、アルディアの娘が見つけた。
彼女はあらあらと笑い、寝室から持って来た毛布を二人にそっとかけてあげた。
手を繋ぎ合って眠る二人は、とても幸せそうだ。
子ども達がたくさんの料理を前に二人が目覚めるのを今かいまかと待ちわびていたが、
穏やかな笑みを浮かべたまま眠るアルディアとラクロが目を覚ますことはなかった。
町中が白色に染められる聖なる夜、二人の魂は天に召されたのだった―――
『アルディア、僕がおじいさんになっても好きでいてくれるかい?』
『ふふ。私がおばあさんになってもラクロが好きでいてくれるなら、私もラクロを好きでいるわ』
『じゃぁアルディアは僕がおじいさんになっても好きでいてくれるよ。僕はアルディアだから愛しているんだからね』
『私もラクロだから愛してるの。いつか、天に召される時もきっと一緒よ』
『一緒に老いて一緒に天に召される。ロマンチックだね。叶うかな?』
『叶うわ、きっと。そんな気がする』
『あぁ、そうだね―――』
『約束の丘』*END*
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