「穏やかな日」(2)



「あはは。朝からからかい過ぎたかな。けど、本当に進歩したよ。進歩って言葉が正しいのかは分からないけど……、ふとした時に昔の面影を感じるようになった」


 昔を懐かしむように、沙羅の表情が柔らかくなる。
 だが、奏には分からない。彼女が言う昔の珀明の面影が何なのか。

 奏が知っている昔の珀明とは、ほんの二十分程度同じ時を過ごし、話をしただけだ。その大半を奏が一方的に喋り、珀明は隣で相槌を打ちながら静かに聞いていたに過ぎない。
 あの時の珀明が全てだとは思っていない。だから、純粋に知りたいと思った。今の珀明を否定するつもりはないけれど、本来の珀明はどんな青年だったのかを。


「学生時代の珀明さんは、どんな方だったのですか?」


「昔の珀明? そうだな……、雰囲気が柔らかくて、けど自分にも他人にも厳しかったよ。中・高と聖徒会役員をしてて、あたしや義皇と堕希でよく問題起こして呼び出しくらったり。そのせいで無理矢理聖徒会役員にさせられてさ。昔は軽口言ったりよく笑ってたよ。試験前は堕希の家で合宿という名のオールナイトTVゲーム大会を開催したり」


「珀明さんがTVゲームですか!?」


「え? うん。普通にしてたよ。男子らしくシューティングゲームとかホラーゲームとか。後はパズルやクイズの頭脳ゲーム」


(珀明さんがシューティングゲームを……)


 珀明がTVゲームをしていたとは意外だ。
 奏自身、TVゲームを見た事もやった事もないが、幅広い世代に人気があることくらいは知っている。
 珀明の回りにも、沙羅を始めTVゲームをたしなむ者が居ても不思議ではないが、珀明が一種の娯楽…TVゲームで遊んでいる姿を想像することが出来ない。

 一体どんな顔をしてコントローラを持ち、テレビに向かっていたのだろうか……


「意外だって顔をしてるよ、姫。そんなに驚き情報だった?」

「あ……、はい。珀明さんは、そういった物はお嫌いだと思っていたので意外でした」

「まぁアイツもヒトの子だからね。それなりに多面性はあると思うよ。昔っからあんな俺様鬼畜野郎だったら友達になんかにならないって」

 「寧ろ反りが合わなくて毎日ドンパチ睨み合ってたかもね」と沙羅が笑う。

 直情型の沙羅は好き嫌いがはっきりしている。
 日本人は自分の意見をはっきりと口に出来ないというが、沙羅はそうではない。嫌いな物は嫌い、好きな物は好きだとはっきりと口にする。

 レイヴンが良い例だろう。顔を合わせる度に嫌味を言い合っている。
 奏としては、互いに嫌い合っているのに何故友人(沙羅とレイヴン曰く悪友)として付き合っているのかと不思議に思うのだが、性格は嫌いだが能力は買っているかららしい。


「ところで沙羅さん、今日はどんな講義をして下さるのですか?」


 毎日屋敷の中に一人で居ては退屈だろうと、今年に入ってから沙羅が週に二度、勉強を教えに屋敷へと来てくれるようになった。

 勉強時間は朝の九時から十二時まで。勉強が終わった後は一緒に昼食を食べ、それが済むと沙羅は店へと帰って行く。
 授業料は昼食や休憩の時に食べるお菓子。自分から提案したのだからと、金銭は受け取らない。

 勉強と言っても、沙羅は教師ではないので学校で行われているような授業をする訳ではない。
 教えてくれるのは主に雑学で、歴史上の人物についてやある国での変わった法律や宗教など、大学の一般教養の講義で扱われるような内容だ。

 当初、珀明は自分の不在時に沙羅が来ることを快く思っていなかったが、沙羅や彼女の夫、レイヴンの説得に渋々許可を出した。

 沙羅の教えてくれる雑学も楽しみの一つだが、奏は休憩や食事の時に聞かせてくれる学生時代の珀明の話を聞くのが大好きだった。
 友人である彼らしか知らない昔の珀明の話。

 話に出てくる学生時代の珀明は、幼い頃に会った優しげな面差しの彼と度々重なる。


「今日のはちょっとあたしも楽しみなんだよな〜、実は。今頃メイドさんがリビングに準備してくれてると思うよ」

「私の部屋ではなく、リビングに……ですか?」


 いつも講義は奏の部屋で行われる。それが何故今日に限ってリビングなのだろうか。


「部屋だと万が一、カーペットが汚れたら困るからさ。リビングの床はフローリングだから拭けば大丈夫だし」


(今日は何か液体を使うのかしら……?)


「お食事中に失礼致します。沙羅様、準備が調いました」


 食堂の扉がノックされ、一人のメイドが入って来る。


「有難うございます、雛岸(ひなぎし)さん」

「今朝こちらへ届きました段ボールは、安全確認の為に開封させて頂きました。中には葉月とレイヴン宛の手紙もございましたので、勝手ながら私からお二人へお渡し致しました」

「ええ。手紙が入っていることは聞いていますので構いません」

「それでは、お食事中に失礼致しました」


 一礼して退室して行くメイドを見送り、奏は沙羅に問いかけた。


「今日の講義必要な物をどなたかに送って頂いたのですか?」


(それに、葉月さんとレイヴンに手紙って……)


「うん。二ヶ月くらい前から頼んでたんだ。あの人の居る場所が場所なだけになかなか連絡が付かなくてさ〜。無事に実現出来て良かったよ」



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