『帳の心、優実への想い』



 学園に戻り、第二化学室を覗いてから第三化学教官室へ向かう。
 ノックをすること無く、扉を開ける。目の前に広がるのは、段ボール箱の山。

(本当に、教師を辞めるんだ……)

 奥に進むと、段ボールに本をしまう帳の姿があった。仮面は着けていない。

「帳さん」

 優実が声をかけると、帳は弾かれたように顔を上げた。

「……優実さん。もう会えないと思ってました」

(学園を去った後に、婚約解消の電話をかけるからですか?)

「あの日の話を、聞きに来たんです。私に婚約者以外に好きな人が居ることが罪なのか……」

(あの時、何て言いかけていたんですか? 婚約者である貴方は……)

「『ただ、君が後悔をしないのなら、自分の道を進みなさい』。そう言おうとしたんですよ」

 その言葉に、ズキリと胸が痛む。

「私に好きな人が居ても、帳さんはいいんですか?」

 震える声で、優実は更に問う。

「昔も言いましたが、私は構いません。優実さんにはせめて、結婚までは自由に恋をして欲しかったですし。好きな人と結ばれたいのなら、書類上の婚姻関係を結んで別居すればいいと考えていました」

(あの言葉は、私を想ってのもの――。見えていなかったのは私だ。帳さんの言葉の意味を。紛れも無く帳さんは、私の好きな先生――)

「優実さんが私を嫌っていたのは知っていました。目の前で嫌いとも言われましたし。でも、優実さんには迷惑なことに、教師として貴女と接している内に、優実さんに惹かれていきました」

「嘘……」

 帳の言葉に、優実は固まった。

(帳さんが、私を好き?)

「あの日、優実さんに好きな人が居ると言われて、覚悟してたことなのにショックを受けました」

(だから、あの時寂しそうな顔を……?)

「けれど、駄目ですね。他に想い人の居る優実さんとは結婚できません。だから、その人と幸せになって下さい」

「それが、婚約解消の理由ですか? それで教師も辞めちゃうんですか?」

 帳の言葉に、堪えていた涙が溢れ出す。

「私は先生が……、帳さんが好きなんです。帳さんのこと何も知らなくて……、教師が夢だったことも。酷いことばかり言って。だから、婚約解消して教師を辞めるなんて言わないで下さ……あっ!?」

 最後まで言葉を紡がせず、帳は優実を抱き締めた。
 突然のことに、優実は驚く。

「本当ですか?」

 嬉しそうに、帳は笑う。
 整った顔で微笑まれ、優実は恥ずかしさから視線を逸らそうとしたが、片手で頷を固定されていては叶わない。

「はい……」

 優実は観念して言葉を紡いだ。そしてそのまま顔を近付けられ、唇が重なる。

「ふっ……ぁん、んっ……っ」

 優しく、包み込むような甘い口づけ。
 優実は帳の背中へと腕を伸ばし、強く抱き締めた――



*END*



 おまけ


 抱き締め合っていた互いの腕を解くと、優実は甘い空気に耐え切れず俯いた。

「ところで、さっきから引っ掛かってたんですが、何故私が教師を辞めると言ったんです?」

「え? だって、朽名さんが……」

 帳の言葉に、優実は朽名から聞いたことを話した。

「朽名の言うことはほぼ合ってますが、私は教師を辞めませんよ」

「念願の職業でしたからね」と、帳は苦笑した。

(え……? だって……)

「じゃぁ、あの段ボールの山は何なんですか?」

 部屋の中に溢れる段ボールの山。

(教師を辞めるから、じゃないなら何?)

「あぁ、あれは新しく買った本と棚の古い本とを入れ換えてただけですよ」

(本を入れ換えていた、だけ?)

「な……、なんだ」

 優実はその答えに脱力した。

(良かった……、違ってて。なんだか、朽名さんの言葉に振り回された気がするのは気のせいかな。まぁ、朽名さんのおかげなんだけど、何だか複雑な気分……)

「さて、ところで優実さん。片付けが済んだら一緒に食事でも如何ですか?」

「はいっ!」

 帳の言葉に優実は頷き、二人は段ボールに本を詰め始めた。
 これも朽名の思惑通りだったと言うことは、また別の話――



*END*



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